2016年04月24日
北海道新聞4月24日朝刊「朝の食卓」
親切心 - さとう努
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20代のころ、夏休みを利用して北海道を旅していた私は、道東にトド肉を食べられる店があることを知り、寄ってみることにした。しかし、近くまで行っても店が見つからず、そばにいた地元のおばあさんに尋ねてみた。すると、「あっちにも魚のおいしいお店があるよ」と言って、なぜか目当ての店は教えずに去ってしまった。
おばあさんにしてみれば、その地を訪れる多くの観光客と同じように、トド肉よりも海産物を勧めた方が、喜ぶと思ったのだろうか。親切心ならありがたいが、どうしてもトド肉が食べてみたかった私は、その後も街をさまよい、なんとか目的の店を見つけて入店した。店内は意外なほどにぎわっていた。カウンター席に座り、トド肉の鉄板焼きを注文。味は昔懐かしい鯨肉のようで、まんざらでもない。会計時にトド肉を食べた証明書をもらい、店を見つけた達成感と、トド肉を食べた満足感とともに店を出た。
数年が経ち、移住して旅人を迎える側になった。温泉の案内をする時など、善かれと思いつつ自分の好みや価値観だけで案内していないか、相手に考えたり選んだりする余地を与えているだろうかと、ふと不安になることがある。相手の求めるものとのバランスも大切だからだ。そんな時、あのおばあさんとのやりとりを思い出しては考えさせられる。
正解が見つからないこともある。ただいつまでも考えていると、夜な夜なおばあさんが枕元に現れそうで、ますます不安になるのである。(温泉ソムリエ・ニセコ)