北海道新聞10月26日朝刊「朝の食卓」

トム

2016年10月26日 07:00



かかってますよ - さとう努
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 北海道は温泉地の数では日本一。しかし湧出量や源泉の数では大分県には及ばない。しかも別府だけで日本の約1割もの源泉が集まっているそうだから、まさに温泉のワンダーランド。
 その別府には、88の温泉施設をめぐってスタンプを集めると「名人」の称号が与えられる「別府八湯温泉道」というのがある。御遍路ならぬ湯遍路だ。88とは気の遠くなる数字だが、温泉が密集するエリアの特徴から、短時間でも数はこなせるので、週末に関東や関西などから通い、「名人」を目指す人も少なくない。この取り組みの中に、北海道でも生かせるヒントがないものか。そんな思いを抱きつつ、6月に別府を訪れた。
 温泉道の湯めぐり中に、とある共同湯に入った時のこと。フロントの女性に入浴料を支払い、奥にある台でスタンプ帳にスタンプを押そうとしていたところ、背中越しに、私の次にやってきた地元のおじいさんの声が聞こえた。いきなり何やら困っている様子。フロントの女性が親しげな様子で「どうかされました?」 と尋ねると、おじいさんは「タオルを忘れたんじゃ!」と答えた。すると間を置かずに女性がこう言った。「かかってますよ」と。
 振り向くとそこには、首にかかったタオルの端をしっかりと両手で握りしめ、すでに風呂上がりかのような真っ赤な顔ではにかむおじいさんの姿があった。今にも笑ってしまいそうな光景だったが、そのやりとりがほほ笑ましく、身近に共同湯があることをうらやましく思った。
 今日は26日、風呂の日だ。温泉に行ってほっこりしよう。(温泉ソムリエ・ニセコ)

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